インバータ用アルミ電解コンデンサの最新技術動向

インバータとは、直流電力から交流電力への電力変換装置のことである。交流モーター等に供給される交流電力は、一般的に交流電力を整流器で一度直流電力に変換した後、インバータにて交流電力に変換している。
インバータ用アルミ電解コンデンサは整流器とインバータ部の間(平滑回路部)に位置し、直流に含まれる変動分の平滑を目的に使用される。インバータ技術がもたらした高性能(高機能・快適性)高効率(省エネ)は、数十年の歴史の中で様々な分野に拡大してきているが、応用範囲は広く今後も更なる用途拡大が見込まれる。なお、インバータ用アルミ電解コンデンサへの要求特性は用途によって大幅に異なるため、ここでは特に一般のアルミ電解コンデンサに比べ、より高い耐リプル性能を求められるモーター制御用の最新技術動向について紹介する。


■モーター制御用アルミ電解コンデンサの材料開発のポイント

アルミ電解コンデンサは、図1に示す基本原理で成り立っている。陽極箔はエッチングにより表面積を拡大した上で耐電圧に応じた誘電体皮膜を形成。セパレータに含浸した駆動用電解液(以下、電解液と略す)によるイオン伝導で、誘電体皮膜に蓄えた電荷を陰極箔に導く。
この原理から明らかな様に、アルミ電解コンデンサの電気性能を決定づけるコンデンサ素子開発ポイントは(1)電極箔エッチング技術開発(2)誘電体皮膜開発(3)セパレータ開発(4)電解液開発の4つに大別される。
電極箔エッチング技術と誘電体皮膜開発は、静電容量を大きくするために箔表面積の高倍率化と高容量化を目指し、セパレータは、電極箔の収容面積を高めるために極力薄い厚みで低密度、高耐電圧を目指し、電解液開発は高許容リプル、長寿命化のために低比抵抗、長期安定性の向上を目指している。何れもアルミ電解コンデンサの小形・大容量・長寿命化に直結する技術であることから、様々な分野のアルミ電解コンデンサに共通の開発ポイントでもある。以下、当社がインバータエアコン用としてこれまで提案してきた開発内容と汎用インバータ用の今後の開発ポイントについて説明する。

図1 『アルミ電解コンデンサの原理』



■インバータエアコン用アルミ電解コンデンサの開発状況

〔1〕 インバータエアコンとの関わり
1980年、初めて倍電圧回路方式のインバータエアコンが開発されたが、倍電圧回路ではLとCの共振回路で力率改善を図っているため、アルミ電解コンデンサには指定静電容量に対して大きなリプル電流保証が求められ、一般のコンデンサでは自己発熱により短期間で寿命(熱暴走)となり、ESR特性を含めた製品特性の良いコンデンサの開発が不可欠であった。

〔2〕 インバータエアコン用コンデンサの開発経緯
当社は、1960年には、モーター進相/ヒータードロッパーの連続交流用コンデンサを開発している。この連続交流にも耐えられる電極箔をベースにESR特性の改善を図り、高許容リプルで長寿命の製品開発に取り組んだ。また、図2の如く、倍電圧回路は倍電圧用コンデンサ2本に平滑用コンデンサ1本をベース(最低3本必要)に構成されている。当社は、倍電圧と平滑用各1素子を同じケースに納めた2素子品も1989年に市場投入しているが、20年以上経過した現在に至るまで、インバータエアコンの更なる高性能化・高効率化に向け、インバータ技術の進化に寄与する新製品を常に業界をリードする形で提供している。そして、リプル電流を許容するために必要なコンデンサの静電容量は、大きなリプル電流が流れる倍電圧回路用で30%、平滑回路用に至っては50%低減したアルミ電解コンデンサの採用を可能にしている。これらの静電容量低減は、インバータ技術の進化と想定される負荷等による評価やシミュレーション解析をベースとする顧客との深い繋がりも導入の一助となっている。特に、業界で当社のみご採用頂いている倍電圧用65℃保証品は、過去の開発の流れに一見逆行している(従来の85℃保証に対して、保証温度を下げる)製品である。アルミ電解コンデンサの寿命予測にはアレニウスの法則で知られるように10℃2倍速(雰囲気温度が10℃高くなると寿命は半減する)が適用されることが広く知られている。
従来、インバータエアコン用コンデンサは85℃品が多く採用されてきたが、長寿命65℃保証(但し、リプル温度上昇(△T)は20℃まで許容)とすることで、従来品より皮膜損失の低減、セパレータ及び電解液の低比抵抗化を実現しており、1998年の省エネ法改正に対する小形ルームエアコン2.2kWタイプを中心にエアコンの特性改善に寄与している。
また、COP規制と高調波対策回路として、図3の部分スイッチング回路方式や図4のアクティブ回路方式が採用されているが、倍電圧用と同様にアルミ電解コンデンサへは、小形高許容リプル対応を求められている。これらの要求に応えるため、電極箔は基より電解液やセパレータの開発を中心に仕様を確立している。

図2 『倍電圧回路方式(100V入力15,20A)』



〔3〕 インバータエアコン用アルミ電解コンデンサの最新技術
アルミ電解コンデンサの永遠の技術テーマとして小形化がある。倍電圧回路用としては開発当初の定格250Vから定格210V前後まで下げ、静電容量も小さく(65℃保証品の開発)することで、小形化と低損失化を図ってきた。しかし、定格電圧と静電容量の低減は、エアコンの機能を維持する極限に近付いており、この延長線上での開発は難しくなってきている。一方、エアコン市場では、COP規制と高調波対応機種の生産比率が年々増加していること等より、倍電圧回路用よりも部分スイッチング回路用等の平滑用アルミ電解コンデンサの小形化要求が強くなってきている。部分スイッチング回路用等の平滑用アルミ電解コンデンサの小形化も、冒頭の開発ポイントで記載したように電極箔・電解液を中心とした開発となるが、倍電圧回路用の電極箔と異なり、高倍率電極箔を用いての許容リプルの向上と製品の小形化は、有極性であるアルミ電解コンデンサの思わぬ弱点を露見した。詳細は汎用インバータの項で述べるが、静電容量低下によるリプル電圧(△V)の上昇により従来品では満足していた使用条件でも短寿命となることがわかり、構造的な対策をいち早く採用することでリプル電圧上昇による問題を克服し、小形化を実現した。



■汎用インバータ製品の今後の開発ポイント

〔1〕 小形化
整流器とインバータ部の間(平滑回路部)に配置されるアルミ電解コンデンサは、構成部品の中では大きな体積比率を占めており、小形化がひとつの開発ポイントである。小形化では特に他の部材との兼ね合いから低背化に重きが置かれる傾向にある。このため、低背化要求に応えアルミ電解コンデンサを横置きし、インバータ機器の低背化を図る場合もあるが、大形アルミ電解コンデンサでは横置き形は特殊形状となり、生産量の制限や価格にも影響する。加えて、インバータ機器のアッセンブリー工程においても、ボンドロック等の固定作業が加わり製品価格に影響を及ぼす。
低背化では、電極箔の高倍率化やセパレータの薄手化対応のみではなく、如何にコンデンサ素子の収納率を向上させるかも要素技術として大きなファクターとしてある。


〔2〕 小形化の問題点
インバータエアコン用アルミ電解コンデンサの最新技術の項で触れたリプル電圧(△V)の上昇が、アルミ電解コンデンサを局部的に劣化させることがわかってきている。要因は、回転機構を有する家電機器や産業機器など電圧が大きく変動する回路では、アルミ電解コンデンサは充放電を繰り返すが、
(1) 機器の高速化・高性能化による急峻な電圧変動。
(2) アルミ電解コンデンサ用電極箔の高倍率化による小形化。
により、充放電(実影響は放電時)によって電極箔が局部的にストレスを受け、部分的な耐圧低下を起こし、最終的には短絡となる不具合に発展することがある。


〔3〕 小形化の問題点の解消
頻繁に起こる回生電圧などでアルミ電解コンデンサに充放電が繰り返されると、コンデンサ素子内部の、もともと皮膜耐圧のない陰極引き出しリードタブ上に皮膜生成反応が進行し、対向する陽極箔の耐電圧を低下させる現象が現れる。この陰極引き出しリードタブを別の電極箔で保護することで、このような耐圧劣化の要因となる皮膜生成反応を解消した。


〔4〕 高耐電圧化
汎用インバータは、AC200V三相入力モーターの場合、必要なアルミ電解コンデンサの定格電圧は400V、AC400V三相入力モーターの場合、定格電圧400V品のシリーズ接続が一般的となっている。シリーズ接続では、ブリーダ抵抗による製品間の電圧バランスをとる必要がある。また、接続数が増えるほど負荷バランスは崩れやすくなる。アルミ電解コンデンサの定格電圧は、実際の入力電圧や変動及び回生電圧に加えてディレーティング率等より選定されるが、シリーズ接続しているアルミ電解コンデンサを単器で使用することが出来れば、ブリーダ抵抗の削減や電圧バランスの考慮が不要な分だけ定格電圧を下げることが可能となる。また、『UL過電圧評価』(入力平滑用コンデンサを2個以上シリーズ接続する回路ではコンデンサを1個だけ短絡させた状態で電源を投入し、インバータ本体を取り囲んだコットンが燃えなければ認定合格)が不要となる。
高耐電圧化の開発状況は、現在750V(85℃)まで商品化しており、AC400V三相入力モーター用に単器で対応出来る日も近いと考えている。


■環境反応

いよいよEU(欧州連合)でRoHS指令が施行された。規制対象物質は、鉛、六価クロム、水銀、カドミウム、PBB、PBDE(特定臭素系難燃材)の6物質である。アルミ電解コンデンサでは、水銀、カドミウム、PBB及びPBDEは従来から未使用であるが、鉛は基板自立形の端子やリード線形のリード棒に施したメッキに含有され、外装スリーブ(ポリ塩化ビニル)にも安定剤として添加されてきた。また、六価クロムは大形アルミ電解コンデンサを機器に固定するための金属取付バンドの表面処理として使用されてきた。当社では環境配慮を設計の基本に置いており、現在はRoHS対応品を標準としている。


■まとめ

アルミ電解コンデンサは小形で大容量であることが大きな特長のひとつである。特に一般家電を含む100V系200V系入力用にはこのメリットを大いに活かすことが出来る。しかし、他のコンデンサと比較した場合、温度特性、高周波特性などまだまだ改善すべき課題は多い。前述した様にアルミ電解コンデンサは、他のコンデンサには無い大容量が得られる反面、使用している電解液の温度依存性で電気特性が決定されることから、当社は電解液の開発を積極的に進めている。特に高耐電圧品には、今後も電極箔、電解液の特性改善と共に、信頼性を向上したアルミ電解コンデンサの提供を目指し開発していく。



ニチコン株式会社 長野工場 設計部 宿澤三男
2006年7月3日付 電波新聞掲載

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